DISASTER PREVENTION SITE
防災コラム | 活断層マップ | 被災地レポート | 東日本地震・津波の歴史 | 防災質問箱 | 室内危険度診断システム | 住家簡易被害診断ツール

vol.1 東北地方を襲った大地震・大津波

 この表は、地震調査研究推進本部、仙台管区気象台、東北大学などのホームページを参照し、マグニチュード7.0以上の地震または甚大な被害が出た地震および津波を整理して掲載しています。被害などの数値は、これらのホームページの情報を元に、東北地方における被害を集計したものとなっています。

■年表
主に日本海側に被害を与えたもの
(日本海・沿岸部で発生した地震)
主に内陸部に被害を与えたもの
(内陸部で発生した地震)
主に太平洋側に被害を与えたもの
(太平洋・沿岸部で発生した地震)
■平安時代
 ●830年【秋田市北部付近の地震】
秋田市北部を通る活断層付近の地震(マグニチュードは7〜7.5)が発生したとされています。
 ●850年【山形県庄内地方の地震】
当時の出羽の国でマグニチュード7の地震が発生したとされています。
 ●869年【貞観の三陸地震・津波】
三陸沖で発生したM8.3の地震により三陸沿岸に被害が出ました。
この津波は歴史的文献や堆積物の調査などによって徐々にその姿が解明されつつあり、東北大学 箕浦教授らによる調査では、仙台平野が広範囲にわたって浸水したことが報告されているほか、東北大学 今村教授による解析では最大で9mもの津波が仙台平野に来襲したことが報告されています。
http://web.bureau.tohoku.ac.jp/manabi/manabi16/mm16-45.html
■鎌倉時代〜室町時代
 該当するような大規模な被害があった地震、津波は記録されていません。
■江戸時代
 ●1611年【会津地方の地震】
会津地方で発生したマグニチュード6.9の地震により死者3,700名もの被害があったとされています。
 ●1611年【慶長三陸地震・津波】
三陸で発生したM8.1の地震により三陸沿岸に大きな被害が出ました。
その被害は、伊達領内での溺死者1,783名、南部・津軽地方で人馬の死3,000以上となっています。
 ●1677年【陸中地方の地震・津波】
M7 1/4〜1/2の地震が陸中(現在の岩手県、青森県)で発生し、宮古、大槌で地震と津波による被害があったとされています。なお、日本海溝沿いの長期評価の際は、そのマグニチュードがM7.9と見積もられています。
 ●1677年【延宝房総沖地震・津波】
房総半島沖のM8の地震により津波が発生し、八丈島、房総半島から福島県沿岸に掛けての沿岸に被害があったとされています。
 ●1678年【陸中・出羽地方の地震】
M7.5の地震が発生し、岩手県花巻周辺で被害があったとされています。
 ●1694年【秋田県能代付近の地震】
秋田県能代市付近でM7.0の地震が発生し、秋田県北部、青森県西部を中心に数百名の犠牲者、数千戸の家屋の崩壊、焼失という被害があったとされています。
 ●1704年【秋田県北部の地震】
秋田県北部(現在の八峰町)付近でM7.0の地震が発生し、能代で死者58名、数百戸の家屋被害があったとされています。
 ●1717年【宮城県?沖地震】
岩手県南部または宮城県北部の三陸海岸の沖合いでM7.5の地震が発生し、多数の家屋破損があったとされています。地震調査研究推進本部の長期評価では宮城県沖地震の一つとして同定されていませんが、震源位置が該当海域と思われますので、「?」付きで記載しました。
 ●1739年【青森県の地震】
M7.1の地震により、八戸や青森で家屋被害がありました。
 ●1741年【渡島大島噴火による津波】
北海道西岸に浮かぶ渡島大島が大噴火を起こし、それに伴う山体崩壊で大規模な津波が発生しました。北海道を含めると千名を超える犠牲者があったとされていますが、津波は東北地方にも来襲し、青森県では140名もの犠牲者が発生しました。
 ●1763年【三陸沖北部で3回】
青森県東方沖を震源とするM7クラスの地震が3回発生したとされています。
最大は、M7.4で、家屋被害のほか、発生した津波により田畑の冠水や人馬流出の被害があったようです。
 ●1766年【青森県弘前付近での地震】
弘前領内でM7.3の地震が発生し、1,000名を超える死者、7,000戸を超える家屋被害(倒壊・焼失)があったとされています。
 ●1793年【宮城県沖地震】
宮城県沖地震の連動型の一つの可能性が報告されています。宮城県の沖合で発生したM8.2の地震により岩手県から宮城県の沿岸部に2〜5mの高さの津波が来襲したようです。
 ●1804年【象潟地震】
秋田、山形県境の沿岸部で発生したM7.0の地震により、333名の死者、5,500戸を超える家屋倒壊の被害があったとされています。津波も発生し、その高さは象潟で4〜5mであったとされています。
 ●1833年【庄内沖の地震】
山形県庄内地方の沖合で発生したM7.5の地震により、100名の死者、400戸を超える家屋倒壊の被害があったとされています。津波も発生し、その高さは局所的に7〜8mに達しました。
 ●1835年【宮城県沖地震】
宮城県沖で発生したM7の地震であり、宮城県沖地震のひとつとされています。
 ●1856年【三陸沖北部の地震】
三陸沖北部で発生したM7.5の地震。青森県から岩手県沿岸部に津波による被害が発生し、死者31名、数百個の家屋の倒壊、流失があったことが報告されています。1968年に発生した十勝沖地震の一回前の地震とも言われています。
 ●1861年【宮城県沖地震】
宮城県沖地震のひとつとされています。
■明治〜大正
 ●1894年【庄内地震】
山形県庄内地方でM7.0の地震が発生し、酒田を中心に死者726名、住宅全壊3,858戸、焼失2,148戸の被害が発生したとされています。
 ●1896年【明治三陸地震・津波】
三陸沖の日本海溝傍で発生したM8.5の地震により巨大な津波が発生し、22,000名を超える死者不明者が出る大惨事となり、国際語“Tsunami”の語源ともなった 象徴的な津波災害です。
陸上での地震の震度は2〜3程度であったとされ、地震による大きな被害はなく、突如、大津波が三陸沿岸を襲い、岩手県大船渡市綾里では38.2mも津波が駆け上がったとの記録があります。
また、余震の規模も大変大きくM7.5の余震が2回も発生したようです。
 ●1896年【陸羽地震】
岩手県、秋田県の県境付近で発生したM7.2の地震により、200名を超える死者、5,000戸を超える家屋被害(全壊、焼失)があったとされています。
 ●1897年【宮城県沖地震】
2月20日発生したM7.4の地震は宮城県沖地震のひとつとされています。
一方、8月5日に発生したM7.7の地震は宮城県沖地震の日本海溝寄りの震源が単独で動いたものとされています。
 ●1898年【宮城県沖の地震】
宮城県沖で発生したM7.2の地震で津波を伴いました。地震調査研究推進本部による宮城県沖地震の評価では、この地震は前年の地震に誘発されたものと評価されています。
 ●1900年【宮城県北部の地震】
M7.0の地震が発生し、死傷者数17名、家屋全壊44戸の被害がありました。
 ●1901年【三陸沖北部の地震】
青森県の東方沖で2日間にM7.4およびM7.2の地震が発生し、津波を伴いました。18名の死傷者があったとされています。
 ●1914年【秋田仙北地震】
秋田県大仙市付近を震源とするM7.1が発生し、死者94名、住宅全壊640戸などの被害があったとされています。
 ●1915年【宮城県沖?の地震】
宮城県沖で発生したM7.5の地震ですが、震源域が“想定される宮城県沖地震”よりは沖合にあるため、宮城県沖地震のひとつとは評価されていません。
■昭和
 ●1931年【三陸沖北部の地震】
三陸沖北部でM7.6の地震が発生し、壁の剥離などの建物被害のほか津波も発生しました。
 ●1933年【昭和三陸地震】
三陸沖の太平洋プレート内で発生したM8.1の正断層型の地震により、震度5程度の強い揺れや最大28mもの大きな津波に襲われました。
主に津波による被害が甚大であり、死者・行方不明者の数は3,000名を超えました。
 ●1933年【宮城県沖?の地震】
宮城県沖でM7.1の地震が発生しました。想定される宮城県沖地震の東側の一部が引き起こした地震と言われています。
 ●1935年【三陸沖北部の地震】
三陸沖北部でM7.1の地震が発生し、津波を伴いました。
 ●1936年【宮城県沖地震】
宮城県沖で発生したM7.4の地震で、再発性の高い“宮城県沖地震”のひとつとされています。
 ●1937年【宮城県沖?の地震】
1936年に発生した宮城県沖地震の西側を震源とするM7.1の地震が発生しました。
 ●1938年【福島県東方沖地震】
福島県東方沖を震源とするM7.5、7.3、7.4の地震が立て続けに発生し、死者1名、負傷者9名の被害がありました。
 ●1939年【男鹿地震】
秋田県男鹿半島付近でM6.8の地震が発生し、死者27名、住宅全壊479戸の被害があったほか、津波の発生も報告されています。
 ●1943年【三陸沖北部の地震】
三陸沖北部でM7.1の地震が発生し、津波を伴いました。
 ●1945年【三陸沖北部の地震】
三陸沖北部でM7.1の地震が発生し、死者2名、家屋倒壊2戸の被害のほか、津波を伴いました。
■昭和〜平成
 ●1960年【三陸沖北部の地震】
三陸沖北部でM7.2の地震が発生し、若干の被害のほか、津波を伴ったことが報告されています。
 ●1960年【チリ地震による津波】
南米チリ沖で発生した巨大な地震により発生した津波が東北にも来襲しました。
死者不明者は100名を超え、家屋全壊・流失などの被害も2,000戸を超えました。
 ●1964年【新潟地震】
新潟県で発生したM7.5の地震により、主に山形県と秋田県に被害が発生し、東北では死者13名、家屋全壊500戸程度の被害が報告されています。
 ●1968年【十勝沖地震】
三陸沖北部でM7.9の地震が発生し、死者49名、住宅全体1,180戸などの被害がありました。
 ●1978年【宮城県沖地震】
宮城県沖でM7.4の地震が発生し、死者27名、住宅全壊1,180戸などの被害がありました。
 ●1983年【日本海中部地震】
青森県から秋田県北部海岸の西方沖でM7.7の地震が発生し最大14mの津波が東北地方の日本海側を襲いました。この地震と津波により、死者100名、建物全壊・流失も1,000戸弱の被害が報告されています。
日本海中部地震の1ヵ月後にM7.1の余震も発生しました。
 ●1989年【三陸沖北部の地震】
三陸沖北部でM7.1の地震が発生し、死者2名、家屋倒壊2戸の被害のほか、津波を伴いました。
 ●1994年【三陸はるか沖地震】
三陸沖北部でM7.5の地震が発生し、八戸で震度6を観測する大きな揺れに襲われ、死者3名、家屋全壊72戸の被害のほか、津波を伴いました。
 ●1995年【三陸沖北部の地震】
三陸沖北部で発生したM7.2の地震(三陸はるか沖地震の余震)が発生し、負傷者や家屋倒壊などの被害がありました。
 ●2005年【宮城県沖の地震】
宮城県沖でM7.2の地震が発生し、負傷者や住宅破損などの被害がありました。想定されている宮城県沖地震ではないとされています。